セヴァへの参加はシャビールの毎日の生活の中の大切は役割。ここではセヴァはこの(サイマーの)コミュニティでも良く耳にする言葉ですが、この意味はあまり良く理解されていないようです。何も提供せず、文句を言わず、期待をせずに尽くすという事は西洋人に取っては、なかなかつかみにくい思考です。しかし、文化の違いの制でしょうか、日本から訪れた方々は直ぐセヴァに付き、そとのカーペットに落ちている花びらなどを手で一生懸命に拾ったりもしていました。セヴァをしながら楽しそうに微笑みながら話し合っていました。日本からの生徒達は愛をもって一生懸命にセヴァをおこない、サイマーとのサットサングで、自分の体験話をマーにしていました。リューマチで体の動きに苦労していたカオルさんはマーと合ってからの自分の体験を話していました。最初にインドに来る話がでたとき、自分のカバンさえ持てない、彼女にはインド行きは無理だと家族や友人に言われていましたが、インドでマーに合ってからのカオルさんは楽に歩き回ったり、荷物も自分で運び、ダルシャンで一生懸命踊ったりもできました。そのエネルギーで午後、ガンジス川の沐浴場まで歩いて、ガンジス川に飛び込む事もでき、他のキャンプ場の訪問も問題なくこなせました。シャクティは流れ続いています。
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